銀世界・・・・蓼科高原
2012年02月02日
雪国での生活を体験したことのない、沖縄育ちの私
東京からわずか、2時間でこんなに素敵な銀世界に感動です。
JR茅野駅下車、レンタカーでわずか30分でテラス蓼科リゾート&スパに到着。
夜半から降り始めた雪は朝には真っ白な銀世界で、尚もしとしとと降り積もる様子。
静寂が支配する・・・パンフレットに書かれていたけど、それ以上に深い静寂と神秘な世界がそこにありました。

スーパーマーケットトレードショーへ
2012年02月02日
2月1日~2月3日までスーパーマーケットトレードショー出展のため、ビックサイトに来ています。
テレビのニュースでは、最近最大の寒さになるだろうということ。
東北地方の大雪情報が流れていますが、東京に来て寒さに慣れないうえ、厚着で動きにくく、
体も硬くなりがちです。
ただ、体脂肪があるせいか、思った以上に寒くはありません。
使い捨てカイロは背中に貼っていますが・・・・
都会の人の一心に早足で歩くのを前に見ながら、頑張ろうと思う日が始まりました。


パリ泡盛試飲会
2012年01月28日
ジェトロ沖縄の企画コーディネートによって実現したもので、
そして、パリ2区にある「ISSE bis」 代表黒田利朗様のコーディネートによるものです。
多くのレストラン、ホテル、バー、ジャーナリストの関係者がご招待されていました。
ミシュランの星をもつシェフや関係者も多くお見えでした。
全体的に泡盛に対する評価は、ものすごく良かったと思います。
フランス人の味覚に対する質の高さに驚きと感動を覚えました。
造りに対する鋭い質問にも、ワインの醸造ばかりでなく、蒸留酒に対する意識の高さもうかがえました。
つくり
パリ、前後しますが・・・・
2012年01月28日
1月20日
日本からパリ行きでの機内食
地上5000メートルでの素敵な和食。
デザートに黒豆の塩大福までついて感動です。
パリに着いてからの、初朝食です。
カフェオレと焼きたてのクロワッサンの香ばしくて、美味しかったこと。

パリに来ています。②
2012年01月28日
黒田敏郎、須美子ご夫妻と共に、沖縄からのメンバーの皆さんとディナーへ
フランス料理を頂きました。
豚足のパン粉焼き (足テビチのフライのような… )柔らかで美味しかったです。
崎山はトリフのせ野菜の付け合わせが贅沢な魚のバター焼き


ゆったりと食事をしながら過ごし、食文化の中に酒があるヨーロッパでは、
ディナーを大切な人たちとゆったりと、おしゃべりに講じながら楽しむフランス人
全てを良質に楽しむゆとりが感じられる、満杯のレストランでした。
パリに来ています。
2012年01月25日
パリに来ています。
ヨーロッパ特有のどんよりな天気に、1月では、あまり寒くないとこちらの方々は話しておられましたが、かなり寒いです。
明日からのオフィシャルスケジュールまで時間がありましたので、ルーブル美術館へ。

ドラクロワの原画を見たかったので、この出会いには感動しました。
iora アイオラ
2012年01月09日
那覇おもろまちに新しくオープンした 「てぃーだバル」にてお会いしました。
iora の おふたりです。
南米音楽かスペインを思い起こさせるジプシー音楽?独特のあいおらの世界観・・・
旅を思わせるストーリー性のある詩と強烈なパフォーマンスを響かせる歌声。
はまってはいけないようで、ハマってしまう素敵なふたりの音楽表現。
衣装もすべて手作りという。
2カ月かかったという刺繍のシャツは芸術作品。これもまた素敵でした。

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2012年新年に寄せて
2012年01月09日
新しい年、辰年の2012年を迎えました。
旧年中は崎山酒造廠をお引き立て頂き誠にありがとうございました。
皆様におかれましてはどんな年の初めを迎えられましたでしょうか。
日本人は季節の節目を大切にしておりますが、やはり新年は清々しく、
一年のはじまりに希望が湧いてきます。
崎山酒造廠においても、昨年の不景気模様を吹き飛ばし、新たな気持ちで頑張っていこうと、社員共々心を一つにしているところでございます。
創業者「崎山オト」の思い、二代目起松と藤子の思いを造りに託すべく、
尚一層皆様に喜ばれる「泡盛」「もろみ酢」「薬膳味噌」を、
心を込めて造り頑張っていきたいと思っております。
崎山酒造廠のこだわりの商品たちと感謝をお届けできるよう頑張ってまいりますので、
今後ともよろしくお願い申し上げます。
今年一年の感謝を込めて
2011年12月28日
今年の世相を表す漢字に「絆」が選ばれました。
今年は東日本大震災という未曽有の自然災害が起こり、
それ以降の日本全体は多くの悲しみにくれました。
家族や友人といった身近でかけがえのない人たちとの結びつきを実感し、
「大切な絆」を考える事も多々ありました。
崎山酒造廠は琉球泡盛、もろみ酢、薬膳味噌の製造を通して、
多くの皆さまと関わらせて頂いております。
松藤を飲んで頂き「旨い」と言って下さる方がいる。
もろみ酢の効用を熱く語って下さる方がいる。
「薬膳味噌は大切な方に届けて下さいね。」と話して下さるお店の方がいる。
一人ひとりのお客様との絆で崎山酒造廠が今ここにあります。
今年も一年間頑張ってこれました事、感謝申し上げます。
ありがとうございました。
来年も尚一層、社員ともども一生懸命頑張っていきたいと思っております。
今後共よろしくお願い申し上げます。
崎山酒造廠 代表 崎山和章
女将 崎山淳子
本日の社員食堂メニュー
2011年12月12日
きらめいて心がウキウキしてきます。
本日の社員食堂は、実は頂きものの
アグー豚の燻製
友人のポール・ロりマーさんが、パーティーのために焼かれたものです。
量が多いからとおすそ分けで頂き、本日のランチに取り入れました。
合わせて、ラザニア とあっさりキャベツ炒めを作りました。
気分はクリスマス・ディナーです。
ISO維持審査が明日から始まります。
2011年12月05日
管理責任者として、品質マネージメントシステムのプロセスを確認、管理する立場にありますが、
それぞれの立場で社員が頑張ってくれています。
マニュアルには、仕事の品質を高めるため、顧客満足を目的とした中で、
国際規格の要求事項に合致した品質管理を定めている。
当初、ISOの取得を目指したのは、泡盛製造メーカーとして、もちろん品質管理に重きをおいたから。
製造メーカーは、作った商品をどう売るか、攻めの姿勢はもちろん大事だが、
常にきちんとした商品を生み出すための管理はもっと大切な姿勢であると思う。
2006年に取得以来、今年で維持審査も2回目を向かえるが、複雑に思えた文書等にも
普段の製品化までの経過、結果であること、不適合への事前防止、
事故防止対策など、継続的に改善する
システムが出来上がってきたように思う。
社員は自らが、プロセスの効果的な運用を目指して、必要な情報を取り入れ、頑張ってくれている。
岩手・盛岡の美味しいもの
2011年12月01日
今回のおススメ トマトキムチ 一夜干しいわし 美味しい。ご飯がすすみます。
当日の一番はやはり、和牛のすき焼きでした。
松藤祭 良い夫婦の日
2011年11月24日
松藤祭は 松藤由来でもある崎山起松と藤子にちなみ良い夫婦のための泡盛
「松」 泡盛酵母101号仕込み 44度3年古酒
「藤」 黒糖酵母仕込み 44度3年古酒の発売を記念して行ったものです。
泡盛の熟成と共に、夫婦の熟成をはぐくみ、お二人の記念日に、
たとえば10年目の結婚記念日に家族で飲んで頂きたいと思っています。
当日の蔵のにぎわいをお届けします。
ビルディングブロックスのお二人に歌ってもらい、梅田純さんにはMCと楽しい歌で華やかに盛り上げてくれました。
蔵まで来て頂いた多くの皆さん、本当にありがとうございました。
勤労感謝の日
2011年11月16日
勤労感謝の日を前に、勢理客保育園の年長組さん達が、
みんなで作ったお菓子とコーヒーゼリーをお土産に来てくれました。
元気な歌声と大きなありがとうの言葉を聞くだけで元気になりますね。
心がきゅっとなって癒されます。
子どもたちの声って、どうしてあんなにパワーがあるんでしょうね。
泡盛を造っているピリピリムードの現場にも
いつもバタバタしている事務所にも久しぶりのほんわかムードが漂い、
普段の疲れもほんとに吹っ飛んじゃいました。
ありがとうございました。
マキマキにしたさーたーあんだぎーもコーヒーゼリーもとても美味しかった。
ちなみに、勢理客保育園は今年で創設45周年を迎え、
人材育成に大きな成果を生み出し、
県内外から見学の絶えない保育園を経営していらっしゃいます。
沖縄の宝である「子どもたち」の育成に、今後も期待したいところです。
比嘉富子理事長、45周年おめでとうございます。
勤労感謝の日が制定される以前は、新嘗祭」が行われていました。
新嘗祭は古くから国家の重要な行事であり「瑞穂の国」の祭祀を司る最高責任者である大王〔おおきみ〕(天皇)が国民を代表して、農作物の恵みに感謝する式典でした。
「新嘗」とはその年収穫された新しい穀物のことで、農業中心の時代、この行事はとても重要な儀式でした。
「勤労感謝の日」は1948年に定められましたが、この日を制定するにあたっては、元々の「新嘗祭」として祝いたいなど様々な意見があったようです。
しかし「労働」とは本来「農業に従事して生産を行うもの」だけを言うのではなく、
今日のサービス産業なども含めた幅広い意味を持つことから「新嘗祭の日」という考えは却下され、現在の「勤労感謝の日」が制定されました。
(日本文化いろは事典より)
山田美加子さん
2011年10月27日
「子どもを美人に育てる35のレッスン」
山田美加子さんが、ご自身もモデルでありながら、
トップモデルとして活躍中の山田優さんを育てた経験を活かして、書かれた本です。
彼女の出版記念パーティのお祝いに行ってきました。

子育てを終えてしまった私には、参考にはならないけれど、
孫が生まれた時にとっておこうと考えて、読み始めたら、面白い。
何がと言われたら話が長くなるけれど、美しくなるってことは、心が前向きであること。
今中学生である二男さんの子育ても、さりげなく頑張っているし。
普段の美加子さんと話してたらわかるけれど、とにかく優しくて、明るいし、仕事に対する情熱が
熱いというより、静かな穏やかさの中で、自然に頑張っている感じが何よりも素敵だと思います。
優ちゃんは、そんな母親の頑張る後姿を見ながら、育ったんだね。
これからもご活躍期待しています。
でも天から授かったこのプロポーションと美しさは、大きな財産だよね。
秋の味覚 さんまの塩焼き
2011年10月04日
岩手の友人から、新鮮なさんまが送られてきました。
何というタイミングでしょう。
さっそく、火曜日の週一ランチに。
せっかくの上物です。
ちゃんと丁寧に炭焼きに。
なーベーらの味噌汁
モヤシと豆腐のチャンプルー
白いごはん
さんまの塩焼き
炊きたてのご飯に脂ののった、秋刀魚をのせて
日本人で良かったと思える、贅沢な昼食。
カボスを送ってくれたマキちゃん
さんまを送ってくれた千葉ちゃん ご馳走様。
ありがとうございました。
おやつに 沖縄野菜てんぷら
2011年09月16日
沖縄では天ぷらはおやつ。
今日は朝から
タンカン梅酒の詰めの日で大忙し。
私もガンバって朝から詰めの手伝いやら、段ボールの準備やらで汗だく・・・
その合間をぬって、野菜てんぷらの材料を買いに走り、
野菜天ぷらを揚げた次第です。
揚げたて100個の天ぷらは直ぐに売り切れました。
社員が喜んで食べてくれるのが何より嬉しいです。
ところで、タンカン梅酒、タンカンジュースが50%もブレンドされて、
タンカンジュースのようでおいしい。(でもお酒です)
天満天神梅酒大会で一般人気投票で8位に選ばれてから、本当に人気を得ました。
ありがとうございます。

おかげさまで、今日の酒蔵は社員総出の笑顔とにぎわいと
新鮮なタンカンの香りが充満していました。
野菜てんぷらレシピ
人参1本 しりしりにしておく
かぼちゃ しょう1/4 皮ごと同じくしりしりにしておく
玉ねぎ 小3個 千切り
ポーク 千切り
椎茸10枚 千切り
紅ショウガ 味のアクセントにみじん切り (社員に嫌いな子がいる)
卵4個
小麦粉 200g
塩・胡椒・薬膳味噌少し
小麦粉以外の材料を全部かきまぜておく。
最後にふんわりかきまぜて、180度の油にスプーンで落とし入れる。
恒例の試飲会
2011年09月14日
年に2回、すべてのタンク、甕などの試飲を行います。
タンクや甕ごとの管理がきちんと行われているか、
泡盛酵母や黒糖酵母の熟成の度合い、
黒麹菌の割合の違いによる香りや熟成の違いなどを確認する試飲です。
丹精込めて造った泡盛の育ちが何よりも楽しみな事は言うまでもありませんが、
造り手として、お客様に旨いと言われる泡盛を造り続けるために
いつも厳しい評価になってしまう事は当然です。
うるま市エイサーまつり
2011年09月03日
9月に入りましたが、毎日暑い日が続いていますね。
この時期になりますと
沖縄では ハーリー祭り
海洋博公園 花火祭り
オリオンビアフェスタ・・・・など
どこかしらで
楽しいまつりが。あるんです。
全国各地でも夏祭りが開催されていますが
皆さまはどこか地元の祭りにお出かけになりましたか?
前回紹介しました さんさ祭り 本当楽しかったです。
その時の紹介しました うるまのエイサー祭りが
今週開催されています。
9月3日(土) 4日(日)
うるま市与那城の運動公園にて
うるま市がエイサーの発祥の地であると聞いていますが、
まぼろし比嘉エイサー、石川エイサー、
勝連、与那城、各地の珍しいエイサーがご覧になれます。
本来は旧盆のウークイの日に踊られる伝統芸能ですが、
沖縄市が全島エイサー祭りなどを開催するようになってから
各地の祭りで賑やかに踊られるようになって来ました。
盛岡 さんさ祭り
2011年08月12日
NHK朝の連続ドラマ「どんとはれ」の主演を演じた比嘉愛美さんが
うるま市の出身だったことから始まった交流事業で生まれた「夏美の夢」は盛岡の米で泡盛を造らせて頂いています。
沖縄の自然海塩でできているこだわった味噌ですが、これにも岩手の玄米とはと麦を使わせてもらっています。

新たなエネルギーをため込む祈りであり、希望であると思います。
パレードとして全体の祭りに持ってこられたという
盛岡市の皆様のご努力がすばらしいと思います。祭として、短い夏の間に多くの観光客に来て頂きたい想いが詰まっています。
3日間続くさんさのパレードは圧巻です。
各団体の踊りと華やかなお揃いの浴衣は、次々と参加される団体の個性になり、
長い冬を越してきた、夏の象徴でもあり、観客の目を楽しませてくれる風物詩です。
城下町の風情あふれる街で、たくさんの女性たちが元気よく、奥ゆかしく、品の良い踊り「さんさ」
村々の青年たちが、大きな太鼓を使い、たくましく勇壮に踊る「沖縄のエイサー」。

どちらも祭りの踊りは、見る者にも沢山のエネルギーをもらえ、元気にしてくれます。
土用の鰻
2011年07月23日
うるま市安慶名にある
寿司 やましろに行ってきました。
098-973-1988
うるま市みどり町4-6-3番地
店主の山城さんは年に一度だけ、
江戸前の鰻をお客さんに食べてもらいたくて、
寿司をお休みして、鰻デーを3日間だけ行っています。
山城さんは、銀座の有名な某寿司屋で修業を重ねてこられた
根っからのこだわりやさんです。仕事を深く愛していて、料理人として
本当に誇りをもって寿司を握っているのです。本当に美味しい。
「鰻、今年もやりますよ」の声掛けに
待ちかねていた私達です。
ふっくらとした江戸前の鰻は、箸でスーとちぎれるほど軟らかく、
繊細な味わいの優しいタレと合わさって、
本当に美味しかったです。
江戸前のうなぎと関西の鰻では焼き方がちがいます。
関東では、江戸に武士が多くいたせいもあって、腹裂きは「切腹」に通じると言って、縁起を担ぐ昔の人は嫌っていました。
それで、関東では背を割く割き方が広まったそうです。
それに、関東では、鰻を一旦、ふっくらと蒸してから本焼きします。
その時、鰻は軟らかいので、身の崩れるのを防ぐため、竹串を5本差します。
関西では、割いた生の鰻に2本の串でも簡単にひっくり返せるので2本で済みます。
又何度も焼くので、身が引き締まって味わいがしっかりしています。
どちらの食文化も素晴らしく、鰻には、ステーキにはない凛としたご馳走を感じます。
松藤15年古酒
2011年06月27日
懐かしさでいっぱいなりながらも
そのくせ、昔の時をすぐに取り戻せるように・・・
古い松藤との再会は
泡盛を造っている製造者としては
自分のものではないけれど、
崎山酒造廠の名前は消えることがなく
製造者冥利に尽きると思います。
もう少し成長してほしかった。
こんなに大切に持っていて下さった。
その時その時の感動と想いは
飲んでくださっている人への感謝と
造り続けるための、努力を思い起こさせてくれます。
沖縄、慰霊の日 平和への発信の日
2011年06月23日
沖縄戦から66年がたちました。
一般住民を含めた24万人が亡くなった戦争への慰霊を込めて
戦争を忘れずに、子供たちへ語り継ぎ、
平和を願う心を世界へ発信する日です。
私の祖父、亀一郎も40歳の時、
一般住民として、さいごの勤皇隊として召集されて 亡くなりました。
その時18歳だった母は、大黒柱を失った家族を養いながら
苦労を重ねて生きてきたのです。
それは、母に限らず、多くの沖縄県民が戦争体験者が
悲しみを心に秘めながら、強く生きて来たと思うのです。
母が強く生きてきたから、私が生まれて
こうして生きています。
今の平和な沖縄も
24万人の犠牲に成り立っています。
この平和は当たり前ではない。
私が生きている事も当たり前ではない。
平和を願う気持ち、
生きていることに感謝する気持ちを忘れないようにしなければ。
慰霊の日の新たな想い。
台湾の親せき
2011年06月22日
二代目 藤子おばあちゃんの妹 信子は戦前に台湾へ嫁いでいます。
今では、孫の代になりましたが、少しずつ交流は続いています。
義父の操は毎年の年末を台湾で過ごすのを楽しみに、出かけていたようです。
叔母である、台湾の信子も又、甥の操(3代目)の訪問を
首を長くして、楽しみに待っていたようです。
その二人も、義父、操が1997年に61歳で
台湾のおばあちゃん、信子も2000年に83歳でそれぞれ亡くなっております。

その孫の 謝 宗勲(左から2番目) 母親の王さん(右から2番目)が会いに来てくれました。
たった2日だけの滞在期間でしたが、古い写真を見ながらの
おばあちゃんや義父の思い出話に尽きることはなく、
遠い台湾からの親せきの来客に、喜び、心あったかい交流に、
あらためて血のつながりを感じずにはいられませんでした。
久しぶりに「よし八」
2011年06月22日
高速道路の南インターから右へ曲がって
2kmほど走り、
北谷二ライセンターの通りにある 寿司「よし八」
オーナーの前川さんがロスアンジェルスの寿司屋で働いていた関係で
アメリカ人のお客さんで人気の居酒屋さんです。
10年来の友人で、いつも温かく迎えてくれて、
賑やかなパフォーマンスでおもてなしをしてくれる気さくなオーナーでもあります。
その夜も、お連れした友人へのサービスに、松藤を持って、いつもの決めポーズ。
彼の考案した寿司レインボー
中の具材もたっぷりカニなど入っていて
食べ応え充分です。
私のお勧めは、寿司屋だけれど、
ウンチェー炒めと
近海魚のまーす煮です。
泡盛は宝物 「謝花良政さんに学ぶ」
2011年06月13日
泡盛の古酒文化を自然な形で造り上げてきた方が
謝花良政さん。
謝花さんは昭和4年本部町生まれの現在82歳。
整備工としての長年の技術を活かして本部自動車修理工場として独立をされたのが
1956年6月でした。
創業の記念に、何か記念になるものをと思い立って始められたのが
以前からの趣味で集めていたシャム南蛮甕への泡盛の詰めでした。
それが50年を超える古酒づくりへの趣味へと繋がっていく事は
謝花さんも意識されてなかったようです。
整備工場の経営で多忙の中、いつの間にか泡盛を詰めておいたのも忘れかけていた頃、
ふと甕に詰めた泡盛を思い出し、開けて飲んでみると
琥珀色に輝いた泡盛は、華やかな香りと上品な甘さを持ったなめらかな古酒へと変化を遂げていたのです。
今でもその時の感動と、泡盛の古酒の旨さが忘れられないといいます。
元来の凝り性の謝花さんの趣味のひとつに「古酒づくり」が加わった瞬間でした。
私達は数年前から、古酒づくりの学びで、年に数回、謝花さんの元を訪れます。
成功談議も勉強になり、良いけれど、失敗談義はとにかく面白くて、
何よりも、謝花さんの人生談義は奥深くて面白いのです。
何とも奇遇ですが、私は1956年5月生まれです。
謝花家の1956年の泡盛が今も50年の時を経て、旨さを増し、熟成を重ねていることを思いますと
私も泡盛の熟成に負けずに、人間熟成を重ねていかねばと思うのです。
台風2号
2011年06月03日
清々しい緑に夏の始まりを感じる季節です。
ところが、
猛烈な雨風を伴いながら、台風2号は
沖縄東海岸をなめるように通り過ぎました。
沖縄の山々や海沿いを走ると、目に飛び込んでくる木々の緑も
塩害で茶色に濁り、まるでちょっとした火事の後です。
最近では珍しくなった、停電も各地で頻発したようです。
夜の丁度台風の最中、実家の母に電話をすると
暗い中で、ロウソクをともしながら、父とふたりでご飯を食べているという。
「大丈夫?」と聞くと
「だいじょうぶさぁ~」
「東北の大震災を思えば、これくらいはなんでもないさぁ~」
家がちゃんとあって
家族で食事が出来る。
こんな幸せなことはないと言葉が続いた。
いつ起こるとも知れぬ大地震に比べたら、
台風の進路は、ある程度の想定が可能である。
美しい自然に癒されながらも、沖縄では常に台風の
自然災害の脅威に、対処するかのように、
コンクリートの住宅に変化してきた歴史があります。
沖縄県酒造共同組合総会後の懇親会にて
2011年06月01日
沖縄県酒造共同組合総会後の懇親会パーティーがありました。
泡盛に関わる方々に会える日でもあります。
47酒造所の組合員はもちろんですが、
醸界飲料新聞の仲村征幸さん。
琉球居酒屋うりずんの土屋實幸さん。
泡盛の研究第一人者の照屋比呂子さん。
首里物産の宇根底講順さん
そうそうたる面々です。
泡盛が見向きもされなかった頃から
泡盛の知名度の向上。
泡盛ファンの拡大。
泡盛の研究。
その他多くの泡盛の牽引者たち。
琉球泡盛の普及拡大と業界の発展は
そして新たに牽引していく製造者
研究者の皆さん
販売をして下さる皆さん
今後ともよろしくお願い致します。
國吉清尚さんの事
2011年05月26日
生前の國吉さんにはお世話になりました。
ひょいと蔵へ訪ねて来られて、一升瓶の松藤を大量に買って頂いたものです。
今でも、お客様から「生前、国吉さんから一升瓶もらったから、松藤が好きになったよ」とお話を伺う事もあります。
蔵での国吉さんは、芸術家と呼ぶには(失礼ですみません。)
飾り気がなく、自然体で、優しくて強くて、
蒸留したての50度に近い泡盛のような濃くてふっくらとした方でした。
彼の人生が詰まった作品への想いに、生前の彼を重ねながら
展示されている芸術作品のひとつ、ひとつをゆっくり見ていたいと思いました。
あれだけの作品をよくぞ、集合させてくれました。
関係者の皆様に感謝申し上げます。
感謝
東急フードショー ②
2011年05月26日
二子玉川の東急フードショーへ行って来ました。
震災後で、東京の都会からは人の気配は遠のいているという情報も
なんのその、多くの人・ひと・人でした。
薬膳味噌は本当に体にいいけれど
実際に美味しいということも知って頂きたい。
そんな思いだけが強く先行してしまった
プロモーションではありましたが、
期間中のある日の夕方でした。
展示してある薬膳味噌ができるまでをじーっと読んでくださって
説明書を時間を読んでくださっておられるお客様がいらっしゃいました。
お年は60歳くらいの方でした。
そして、私に向かってまっすぐに、しかも優しく話しかけてきて・・・
「こんなに手間ひまをかけて良く造ろうと思いましたね。」
「毎日の食事に使いますね」
「味噌汁がやっぱりいいですか」
訥々と話される会話。
薬膳味噌の美味しさばかりでなく、
私たちの造っている思いを伝えた瞬間に、
感動し、元気を頂いた日でもありました。
東急フードショー
2011年04月28日
皆様こんににちは
今日はお知らせです。
4/30(土)~5/4(水)まで東京は二子玉川 東急フードショー内 「Occatté(オカッテ)」にて
http://www.tokyu-dept.co.jp/futakotamagawa/access/
日本全国の多彩な美味しさが大集結。毎日の食卓を豊かにするこだわりの品々を、産地や生産者の顔が見える“地域の食”のセレクトショップからお届けします。 03-6805-7304

薬膳味噌の試食販売会に参加いたします。
①イートイン(人気メニューをその場で食べられる空間)では毎日限定30名様に沖縄プチマクロランチプレート
②毎日限定6名様の薬膳味噌づくり講習会
③玄米ごはんのカンタン炊き方講座
などの催しものが開催されます。
とっても体にイイ、実際の薬膳味噌づくりが体験できますので
お近くの方は是非遊びにいらしてください。
以上、イベント情報でした。
頑張ってください。
2011年03月16日
この度の地震によって多大な被害を受けられた皆様に
心よりお見舞い申し上げます。
毎日のテレビから飛び込んでくる被災地の様子は
まるで地獄絵のようで
涙なしには見られないものです。
津波に押し流され、跡形もない街並み。
幾重にも積み重なった車や土砂。
ご家族を失い、悲しみにくれた高齢者の方。
子供捜す若いお母さん。
バスに乗ったという娘を待つ母親。
多くの方の悲しい場面に言葉もありません。
こんなにも悲しいことが世の中にあるでしょうか?
心が癒され
生活の不安から解消され
悲しみが消えることはないかもしれませんが・・・
一日も早い復興を心からお祈り申し上げます。
元気なうちに親孝行を
2011年02月23日
義母は鉄道技術者の父と母のもと、
二人の兄、二人の妹、弟と6人の兄弟の長女として台湾で生まれました。
18歳の夏、太平洋戦争が激しさを増す中、戦後を迎え、沖縄へ戻って来たそうです。
一昨年には、いつも義母から聞く台湾の暮らしぶりや、思い出に共感し
「生まれた場所や学校があった場所を見てみましょうか?」
と話すと、義母はひとつ返事で
「あなたが一緒に行ってくれたら、是非行きたい」
彰化市で生まれた義母は
その後二水に移り、そこで小学校6年生まで育ち
二水国民小学校
彰化高女
嘉義女学校に通っていたようです。
台湾を離れて60年を経て、思い出も記憶の中で薄らぐ中、
生まれた家
通っていた学校などをめぐり街並みの変貌に驚きながらも
昔懐かしい、景色の中で嬉しさを隠せないようでした。
元気なうちにきてよかったなぁと思いました。
あれから2年
高雄国際マラソンへ参加するツアーにお誘いがあり、
走らなくていいというので
義母へ聞いてみると
またまた、義母は「高雄御は行ったことがないから行きたい」とひとつ返事。
やっぱり親孝行は元気なうちにと思い、すぐに申込みました。
第二のふる里への旅は、今回は団体旅行で若い人たちに囲まれて、
義母も楽しく過ごせました。
ツアーの皆さん本当にお世話になりました。
皆さんの励ましのお陰で義母はますます
若返りました。
感謝。
寝る前ドリンク・松藤キャップ一杯お湯割でぽかぽか
2011年02月17日
酒の効用はいろんなところで論じられていますが
実は泡盛はとても体に良いといわれている酒のひとつです。
蒸した麹を全部麹にしていることで旨みがあること。
酔いざめが良い。
二日酔いしにくい。
肌に良い。
鼻炎などに良いなどです。
今日はその中のとっておき
体がぽかぽかしてくる「寝る前ドリンク」
お湯にキャップ一杯の松藤25度を入れるだけの簡単なもの。
実はお湯だけだと体への浸透率に時間がかかるのだけど
ちょこっと泡盛を入れるだけで、体の温まり方に大きく違いが・・あるのです。
お風呂から上がってすぐ冷えてしまうほどのこの冬の寒さは驚きですが、
これなら、酒を飲む感覚ではなく、お湯を飲む感覚で体が芯からぽかぽかでしかもぐっすり眠れます。
是非お試しください。
バレンタイデーはバーベキュー
2011年02月17日
バレンタインデーはチョコレートではなくバーベーキューが定番です。
社員の喜ぶ顔が又絶品ですが、今年の肉はさらに美味しさ絶品。
北海道からのお客様
2011年02月17日
寒暖の差20度。
実際に遠いし、ものすごく遠い気がしますが。
泡盛と沖縄料理 Aサインバー
OKINAWA DINER 58
北海道札幌市中央区南3条西3丁目
プレイタウンふじ井ビル9階と5階
オーナーの石岡さま、皆さまがいらしてくださいました。
しかも今回で2度目の工場見学です。
2000キロは決して近くはないけれど、こんなに思いがあれば近くなるんだという思いの共通のある気がしています。
私たちが黒千石大豆と出合ったように、人と人の共通の思いが常に介在しているのでしょう。
沖縄も意外と寒いですね。とおっしゃっていらした石岡さん。
風邪などひかずに無事に帰られましたか?
有難うございました。
今度は私共が伺いますね。
熟成 ① 祈りを込めて
2011年01月27日
年末から年始にかけて「松藤の」熟成具合の試飲会を行っていますが、
定期的に何度も行っていながら、
今年は大がかりなものになってしまっています。
まずは甕などに貯蔵しているものから
瓶貯蔵
ステンレスの貯蔵まで。
すべての貯蔵タンクからサンプルを採ったから大変です。
まず、全体で大掃除の後
甕の埃よけを変えて
神棚への心を込めて
一生懸命みんなで造ったものですから
よりおいしく熟成しますように。
合掌

新年に・・・
2011年01月09日
明けましておめでとうございます。
昨年の経済状況の厳しい中で、なんとか乗り切ってこれたのも
松藤を飲んでくださっているお客様のおかげです。
2011年、ほんとに良い年にしたいですね
水の旨さを活かした三日麹
歴史と伝統の手造りが生み出す熟成。
すべての調和は人にあります。
何より大事にしていくことは、お客様と社員とのコミュニケーション。
代表、崎山和章を中心に、水、造り、熟成とうまい泡盛を醸していきたいと思います。
本年もよろしくお願い申し上げます。
太い注射
2010年12月27日
明らかに、右の下腹だけが固まって、押すと鈍い痛み。
それが鈍痛になり、ずっと続くようになってきた。
もう3日も続いている。
いよいよ覚悟が必要かもしれない。
仕事は続けられるだろうか。
すぐ入院となれば大変な事になる。
心配は尽きない。
社員も「早く病院に行ったほうが良いですよ。」
急き立てるように言ってくれた。
明日には行ってみよう。と
病院で受付を済ませ、30分ばかり新聞を読みながら待っていると名前が呼ばれた。
40歳くらいの女性の医師。
なんだか安心して、5日間ずっと痛かったこと。
下腹を押さえながら痛みの具合など矢継ぎ早に訴えるように話すと
医師の顔色が変わった。
では、まず検査をしましょう。
血液検査を先に行います。
その後でエコー検査を行います。
その後で、結果がわからないようであれば、CTスキャンを行いますので、
念のため、血液検査の時に、大き目の注射針を使いますので、
ちょっと痛いですよ。
そのまま、注射器を刺したままにしておきますね。
太い注射針、細腕(?)には痛い。
針を刺したまま、待合室で待っているとなんだか重病人になったような気になったけれど。
大げさな検査の割には、なんともなく良かった。
結局、忙しくてトイレを我慢したりしていたのが原因で、ちょっとしこりみたいになっていただけ。
今度からもっと気をつけなくっちゃ・・・・
みんなに心配をかけて、お騒がせしました。
プロゴルファー宮里美香さん
2010年12月27日
アメリカで活躍しているプロゴルファーの宮里美香さんがシーズンを終えて帰郷した。
少女の頃より、知っているが、堂々としたさりげなさ、肩の力が抜けた感じで、大人の美香ちゃんがまぶしく感じる。
彼女の活躍は誰もが知っているはず。
14歳で日本女子アマ選手権で優勝以来、
プロゴルファー美香の時代は始まったといえる。
今年の日本女子オープンを20歳で優勝。
アメリカでの賞金成績が17位でフィニッシュ。
今やあこがれの職業、プロゴルファー。
宮里藍さん、諸見里忍さん、みんな厳しい練習の中からがんばっていることはテレビの画面からも手に取るようにわかる。
美香ちゃんが小さい頃、近くのゴルフ練習場でずっと練習をしているのを見てきたが、
あの頃から、この子はプロになって活躍するだろうなぁーと思わせるほど
練習好きだったのを思い出す。
世界のトッププレーヤーが技術やメンタル面のすべてを学ぶという、
フロリダにあるIMGアカデミーで学ぶため、単身で渡るなど
彼女は自らの夢をかなえるため、常に努力を続けている。
彼女の世界一を目指す夢は、そう遠くはないでしょう。
宮里藍さんの県民栄誉賞に続いてほしい。
美香ちゃんがんばって・・・
体には十分気をつけてね。
広島の牡蠣が送られてきました。
2010年12月27日
図書館関係で、子どもたちへの絵本の読み聞かせや勉強会などでお世話になった方です。
久しぶりにもかかわらず、お互いの距離感は変わらず、
嬉し、懐かしい再会をしたのでした。
その友人の富永さんから広島の牡蠣が送られてきました。感謝。
普段は忙しくて、ほとんど家では料理らしいことはせず、簡単に済ましている私ですが、、、、
久しぶりの日曜日、朝からの大掃除を終えて
夕飯の支度に取り掛かりました。
折からの寒さでちょうど牡蠣なべはぴったりです。
①野菜ときのこの牡蠣鍋
②にんにくとぬちまーす、コショウのオリーブオイルソテー。
③生牡蠣にシークァーサーぽん酢と柚子こしょうをかけて。
④あっさり出汁の牡蠣ごはん。
簡単に出来てご馳走メニュー。やっぱり旬の味わいはいいなぁ。
富永さんご馳走様でした。

島根県 旅館吉田屋
2010年12月22日
島根県で100年続く古い旅館を若者たちが運営しているといえば、奇妙な話に聞こえる。
大正生まれの建物は3階建てで、地元の文化財である。
後継者のいない旅館を都会生まれの若女将と若い衆たちが
地元の農家を耕したり、地元の行事に参加したり、環境を考えながら
自分たちの社会貢献と同時に旅館は独自の運営をしています。
一昨年の夏に旅館吉田屋の若女将であった山根多恵さんと知り合いました。
若くてやる気のある、元気が有り余っているみんなを束ねてソーシャルファームを実践するリーダーです。
崎山酒造廠でも泡盛の造りの中では不可能と思われている一次産業から
三次産業までを想定した、米作りからかかわった泡盛造りを行い、
一般の酒の流通とは違う独自のルートを確立することにより、
一次産業を応援できる企業のあり方を模索していた時期でもありました。
彼女たちの母体であるオールターナティブとの関わり、
女性企業家を応援するWWBの活動など、私自身が大きな刺激を受けています。
同時に女性のたくましさとしなやかさ。
若者たちの発想力の豊かさと、活動の広がりの速さ。
共感と驚きを覚えながら
今後の活動の厚みと幅に期待を寄せる応援団でもあります。
そんな皆さんから写真のみかんをいただきました。
今年は、長い夏にあったように、大陸性気候の不安定がもたらす温度の変化に植物たちの対応が出来なかったのか、
果物全体が不作を聞いています。
そんな貴重なみかんは、山口県諏訪大島で採れたものです。
農業は厳しく、普段の生活に密接にかかわっている割には、
自然環境は決して私たちの思い通りにはなりません。
米作りを経験した私の実感でもあります。
そんな自然とうまく、親しく付き合っていくことこそ、
社会の一員である証拠であるかもしれない。
形は不揃いですが、甘くて酸味が深く太陽の光をいっぱい受けてたくましく育ったみかんでした。
ありがとうございました。
沖縄の冬至に食べる「とぅんじーじゅーしー」
2010年12月21日
沖縄では冬至といえば、あたたかい「とぅんじーじゅーしー」を作って
仏壇にお供えをします。
一年の中で太陽が最も地球に近くで、夜が長い日だそうです。
この日を境に季節は厳しい寒さを迎え、本格的な冬を迎えます。
だからでしょうか、
栄養化の高いじゅーしーを家族でふーふー言いながら食べて、
冬の寒さに備えたのでしょう。
さてさて、わが蔵でも、今日はまかないの日で、
明日の冬至に先立ってメニューは「じゅーし」にしました。
今年も後わずかですが、社員が健康で、一年間過ごせますように。
ちなみに、「座間味こんぶの炊き込みご飯の素」は、押し麦、カエリ(小魚)、もちきび、塩こんぶがセットされていて便利。
そのままご飯に入れて炊いてもシンプルで美味しかったです。
さて、今日のレシピは
米7合×2
出汁は鰹節がたっぷり
キノコ
コーン
人参
ベーコン(沖縄では豚肉を煮て小さく切って、煮汁と一緒に、炊き込みます)
「座間味こんぶの炊き込みご飯の素」
ぬちまーす
炊き上がったら、ねぎを散らしてよく混ぜ合わせます。
おみそ汁と野菜の沖縄てんぷらと一緒に。
豚汁と味噌オムスビで、社員に感謝を込めて
2010年12月14日
いよいよ年の瀬もせまり、心せわしい日が続きます。
土日にありました【デパートリウボウでの試食販売会も
盛況に終わりまして、準備しておりました商品の200個もあっという間に完売いたしました。
ありがとうございました。
わが社員も、年末の多忙な日々が続きますが
心を込めてオムスビを握り、あたたかい豚汁を用意しました。
薬膳味噌と卵焼きをからめた「たまご味噌」は実家の母から受け継いだ我が家の味でもあります。
晴天のヘキレキ?
2010年12月10日
ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、
春先よりじっくりと熟成を重ねて参りました
薬膳味噌がこの度、発売日を迎えることとなりました。
昨日は県庁記者クラブにて記者会見をやらせていただきました。
記者の皆様の質問に
しどろもどろでは、ありましたが
薬膳味噌のすばらしさはしっかり伝わった気がしています。
新聞の掲載記事を読むと、さすが記者も皆様、本当に良くまとまって書いてくれたものです。
感謝。特に
ご一緒の伊藤先生や知念美智子さんのコメントがすばらしかったからです。
伊藤先生がご研究された、玄米やはと麦の機能性、
詳しいことは、先生の著書で「がん患者は玄米をたべなさい」を是非読んでくだされば・・・
玄米に含まれている物質がガンの細胞のアポトーシスをまねくというもの。
知念さんが娘さんのために味噌を造り始めたエピソードとともに
薬膳味噌へ変わっていた25年の長い月日が、語られました。
崎山酒造廠が泡盛を造ってきた歴史の中での薬膳味噌は
晴天の霹靂ともいうものではないかと思います。
では、泡盛メーカーがなぜ、薬膳味噌?
実は泡盛も味噌も麹が命。
泡盛には味噌を使ったおつまみがすごく合います。
でも、普通の味噌ではない、ちょっと変わっていて
本当に体に良くて、(機能性が高く)
本当にい原料で作りたかったのです。
☆☆☆☆☆
発売日は12月12日・13日
10時30分~20時まで・・
パレットくもじで試食販売を行います。
是非いらしてください。
パレットくもじでは、ずっとお買い求めできますので
当日こられない方は、地下食品売り場までよろしくお願いします。
琉球ジャスコ開催 岩手・盛岡フェア
2010年11月20日
11月12日~15日まで岩手盛岡フェア開催中に 美味しい食材にたくさん出合いました。
私の中でのベスト3紹介します。
一番はホタテ実が大きくて新鮮。焼いてお塩だけで抜群。
二番 岩手りんご 新鮮なりんごらしい 甘酸っぱさ大好きです。
三番 沖縄の豚肉も美味しいけど、愛海は鍋にしたとき、あくの出ないさっぱり美味しい。
夕飯は、ヘルシーお鍋です・・・・・
いろいろ、美味しいもの、あります。
東京ビッグサイトにて
2010年11月13日
琉球銀行 大城勇夫頭取もご参加され、
沖縄の企業の販路拡大に向けた取り組みに琉球銀行挙げて頑張っておられました。
頭取のお言葉を借りると
数多くのバイヤーが全国から集まることで有益な情報交換が出来、
新しい事業展開への重要な場になることと思います。
崎山酒造廠では、
女性向け泡盛 赤の松藤
和食に泡盛 盛岡の米で造った日本酒と泡盛のブレンドのような
優しい泡盛 夏美の夢
まるでブランデーで漬けたような深い味わい 沖縄黒糖梅酒
この3つの商品が人気が高く、うれしい反響でした.
来場下さった多くのバイヤーの皆様、企業の方々ありがとうございました。
お世話になりました。
中国へ行ってきました ③
2010年11月07日
さてさて、中国で泡盛に関する反応は?と言うと
それは、それは食事をしながら
大きな声でしゃべりまくり、
大いに食べる日常の中で
酒は欠かせない嗜好品です。
なにしろ、44度の粗濾過松藤の試飲に何度も返された言葉は
私の地方の酒に似ているでした。
それが、地方は?と聞きますと

それぞれが違う地方です。
ほとんどが、中国の北の方にありました。
しかも、旨いけど薄い。
つまり、度数が低いという答えが圧倒的です。
しかしながら、44度の粗濾過松藤は人気が高く、
何度も何度も試飲を繰り返す人が多かったことは、
私たちの喜びにもなりました。
寒い地方の中で飲まれているお酒は
蒸留酒で度数の高いお酒であるらしく
いろいろな中国酒を飲んでみたいと思いました。
中国へ行ってきました ②
2010年11月05日
昨日のブログでは、深圳市の簡単なイメージを書きましたが・・・
広東省深圳市は教育的にはすぐれた施設が豊富にあると聞いています。
通訳をしてくれたのも深圳大学の日本語専攻の学生たちで、
人柄、日本語に関する知識も豊富でした。
右の女の子が22歳のシュウシュウ(愛称)
彼女は今大学4年生。
沖縄に来てくれる約束をして、連絡先を交換しました。
また近い将来会えることでしょう。
かの中国最高指導者であった、鄧小平氏も深圳市の出身だそうです。
彼は、幾度かの失脚の中にあって、何度もその存在を力と英知で復活した人物で有名です。
フランス留学や、世界各国への訪問を重ねた中で、培ったものが大きかったのでは?
本当の意味でグローバルな人材であったと思われます。(これも勝手な私見です)
かつて、「日本に見習いたい」といった鄧小平の言葉は、
中国指導者としては、
自国を否定するものであるから、決して口に出して言えなかったでしょう。
しかし彼が日本を訪問中、先進的な日本に対して、中国との格差を感じていたに違いありません。
今や中国は、押しも押されぬ世界のリーダー誇っていますが、
ホスピタリティ、ロイヤルティには、まだまだ不十分だと感じる旅でもありました。
人を迎え入れる対応力、
つつみこむ笑顔、
働くことの義務感
など、、、、
どれをとっても
日本人で良かったと思える旅でもありました。
沖縄は1300年頃から、琉球王国として、中国の属国として認識されていた時代がありました。
あのまま、中国人になっていたら、
沖縄はどんな特色をもった地域になっていたのでしょう。
中国へ行ってきました。
2010年11月04日
ブログをしばらくお休みにしていました。
展示会のため、中国深圳へ行ってきました。
深圳市は香港の川向うで、割と新しい街ですが、
あの中国独自のイメージはなく、
広大な中国の土地そのもので、
なんでも大きいことはいいこと?ですが、
全体的に明るく、清潔で美しい緑と花々にあふれていました。
それもそのはず、中国は世界進出に備え、(これは私情です。)
深圳市を経済特区に指定し、
世界経済ビジョンを深玔市に優遇、一部の権利を与えているようでした。
当初、中国の経済特区の目標が、30万都市を想定していたようですが、

世界各国からの工場誘致、事務所等の誘致が比較的緩和、援助されていることもあって
今や1400万人都市に成長し、毎年確実に膨らんでいるようです。
比較的若い都市であることから、古い建物がないこと。人口の平均年齢が28歳という若さであることも
これまでの中国を感じさせない要因であるのでしょう。
困るのは言葉ですが、この中国では、簡単な英語がほとんど通じません。
一番近くて遠い国とは、よく言ったものです。
しかしながら、泡盛は、中国人には人気が高く、
ウマいけどどこで買えるの?
一番いただいた質問でした。
展示品のすべてが、初日に予約が付くほどの盛況ぶりでしたし、
これからの中国への販売に、大きな手ごたえを感じて帰ってきました。
本日のまかない・・トマトのカレーです。
2010年10月19日
秋にぴったりの、きのことトマトの肉ボールカレーです。
とにかく簡単でみんなが満足する味。
トマトといえば、リコピンですが、あの独特のうまみと酸味は、肉の旨みを深く、まろやかにしてくれます。
その上、トマトはほかの果実や野菜よりヘルシーで自然な繊維が豊富です。
※ちなみに・・・
リコピンの抗酸化作用は、活性酸素を消し去り、
発ガン抑制や心臓病などの予防効果 ...
老化を防ぐ、生活習慣病の予防・美白効果などがあります。
私も、最近の小さなトマトの甘みが大好きで、手軽だし、
3週間ほど毎日食べていたら
肌がつるつるになりました。自分でもびっくりしました。
ゴルフ観戦大好き
2010年10月15日
今日の夜は夫のゴルフの打ちぱっなしにお付き合い。
私自身は8年前に,ゴルフをやめました。
健康には良いかもしれないけれど、
ゴルフのプレーにはお金と時間がかかりすぎること。
忙しい時に、お得意様から、誘われると断りにくい事。
練習をしなければいけないので、逆にストレスになりそうで、・・・などなど・・
でもでも、テレビでのゴルフの観戦は大好きで、この間など
日本女子オープンでの宮里美香さんの活躍はテレビに釘付けでした。
宮里藍さん、諸見里しのぶさん、上原彩子さん、多くの女子プロゴルファーの活躍は
私たちを元気にしてくれます。ありがとう。
がんばってください。
☆ちょっとしたつぶやき
8年前、この日はちょっと行けなくてと断っていた時の
なんだか後ろめたい気持ちは何だったのでしょう。
「ゴルフは出来ません」とはっきり言えることが、なんて楽なことでしょう。
体にやさしい、プチマクロビ ごはん
2010年10月10日
ウチごはんには、玄米ご飯が定番ですが
今日はたっぷりの粟入り玄米にしました。
残りは、ねぎ味噌を中に入れておにぎりにして冷凍にします。
これで忙しい朝にも、味噌汁を作るだけで手軽に朝食が出来上がります。
2日間続けての居酒屋料理に
もちろん美味しいものでしたが、体にはどうかな?というところで
昨日の晩御飯には、粟入り玄米、魚のあら汁、ねぎ味噌、生野菜という、
体をいたわるシンプルメニューでした。
海苔に、ご飯と味噌をのせて、まきながら食べると美味しいです。
子供たちも喜びます。
※ ねぎ味噌の簡単レシピ
ねぎ2束
味噌200g
砂糖80g
生姜少々
ねぎ二束を小口に切って、全部の材料を先に混ぜておく。
フライパンに油を入れて、
混ぜた材料を全部入れて、かき混ぜながら10分ほど練って出来上がり。
ねぎと生姜の香りが香ばしくて、本当に美味しいので是非作ってみてください。
保存容器に入れておくと、常備おかずになります。
ツナを一缶入れると、味クーターで美味しいです。
毎日使うパソコンの顔
2010年10月06日
これまで、このパートナーのディスプレイが暗く
写真もイマイチでした。
風水的に、悪かったのか、
どうもパソコンに向えないと思っていたら・・・・・・

うちの比嘉君が持ち前の配慮で
変えてくれたのがこのディスプレイ。
海の見えるフロントというフリー画像です。
素敵な写真を見ながら、仕事もはかどります。
ありがとう。
夏の終わり ナーベーラーの効用をまかないに
2010年10月05日
本日のまかないは、ヘルシーカレーライス
へちまのキーマカレー・・・を作りました。
簡単でおいしい。単に忙しいので手を抜いたと思ってもらったら困ります。
何しろ、沖縄では、昔から夏の終わりに食べられた経緯があります。
それは、へちまには、暑さで調子を崩した胃腸をいたわり、代謝機能を平常に戻す効用があるといわれ、
また、血行を良くし、体の疲れやだるさを取り除くといわれています。
小さい頃、ゴーヤーやへちまの苦手だった私たちに
母は何とか食べさせたくて、カレーにしたり、肉汁にしたりしてくれたものです。
沖縄では、ナーベーラーと呼ばれています。
本土の使い方のひとつである
実が大きくなると、中の繊維質を利用して、入浴タオルにしたり、たわしに使われます。
沖縄では、それをなべ洗いに使われtいたことから・・・なーべーらー・・・・
名前の由来も面白い。
果実から繊維が取れるので、糸瓜
と呼ばれていますが、とうり、とうりになり、
とは、いろは歌ではへとちの間にあることから、へちまと呼ばれるようになりました。
ウィキペディア参考
本日の崎山まかない
2010年09月28日
マックスバリューで青森フェアをしていて、気になる豚肉見つけました。
豚肉は沖縄でしょう?
と思いつつ、青森県に伺った時の「揚げにんにく」が忘れられず・・・
豚肉のその名も「ガーリック豚」と聞いたら
買わないわけにはいきません。
折りしも明日は、まかないの日ではありませんか。
青森産のにんにくも同時に買っちゃいました。

雑穀ご飯に合わせて、カレーにライスになりました。
夏の終わりの疲れた日に、好評で、50人分があっという間に
売り切れました。
喜んでいただけて嬉しいです。
毎日の雑穀玄米
2010年09月27日
たくさんの雑穀を使った雑穀玄米にはまっている。
私なりのおいしい配合レシピも決まってきた。

良く噛んで食べると穀物の甘さとおいしさが口いっぱいに広がって
本当においしい。おかずが入らないくらい。
木曜日か金曜日に玄米、雑穀をきれいに洗って
浸漬をして冷蔵庫にいれておく。(空いた時間に炊くことができる)


土日の時間に圧力鍋を使って一度に炊き上げると
一膳ずつ、おにぎりにして置き、お好みで味噌を入れたりして
冷凍にしておくようにしている。
忙しくても、いつでも好きな時にチンして持っていけるし。
味噌汁と雑穀おにぎりだけの朝食にも簡単で健康的。
次回に、雑穀玄米レシピ紹介します。
環境と泡盛かしじぇーの関係
2010年09月20日
泡盛の製造は、米を大量に洗うことから始まります。
洗った米を蒸気で蒸しあげ、このコメを黒麹菌で麹米にしていくのです。
そして麹、水、酵母によって
やがてアルコールに仕込んだもろみを蒸留することで泡盛が出来上がります。
泡盛を蒸留した後には、大量にカシジェーが残ります。
昔はこのカシジェーをもらい、豚のえさにするために、
蒸留が終わる時間になると多くの人が工場の前に並んでいたそうです。

このカシジェーも人気がなく豚のえさとしては使われなくなっていました。
それは、栄養価が高く、どろどろとした液体であるため、保存が利かないことが大きな要因でした。
外国から、小麦や大麦の粉が大量に安い飼料が入ってきたため、
もちろん外国産の粉ものは、保存性が高く、いつでも便利に使えたからです。
しかし、最近では、小麦が値上がりしてきたこと。
環境への付加を考慮した経済の方向性と
スローフードの考え方が深く浸透してきたこと、
先のリーマンショックの影響などが重なって、
飼料としてのカシジェーが見直されつつあります。
昔ながらの循環型の環境へ
自給自足につながる流れがここにもあります。
画像:http://www.copro.net/freephoto/ よりお借りいたしました。
田園風景
2010年09月17日
伊芸区は、昔から清冽で水の豊かな地域として有名で、
今でも他市町村ではあまり見られなくなった稲作がおこなわれています。
伊芸区に水道が引かれたのは、1957年。
以来この地は、沖縄県全体が簡易水道がすたれて行く中、
豊かな飲み水に恵まれ、また、農業用水として水甕を大切に守り続けてきたのです。
私が一番に感動したのも、やはり田園風景と昔ながらの川のあり様でした。
田植えがはじまり、緑の絨毯が田んぼを覆いつくすと、、
若草色から、深い緑へと変化し、頭(こうべ)を垂れて、
実った稲穂が黄金色に輝き始めると、この田園風景はなんとも長閑で、
本当の美しさを増して輝き始めてくるのです。
ウムイウタ 素敵な女性 cojaco さん
2010年09月04日
台風になってしまいました。
またぁ~・・・台風対策?なんていやだなと思っていましたら
台風の恵みかしら・・・・
コザビアフェスタが延期になったので、そのステージで出演予定だったcojacoさんと
映像プロデューサーで新風の代表 宮城 薫さんが崎山酒造廠をたずねてくれました。
ちなみにコザビアフェスタ延期開催日は9月11日(土)、9月12日(日)を予定。

ちなみに、cojacoさんは
新宿アルタビジョン・銀座アルタビジョン・立川アイビジョンに「ウムイウタ」が採用されて
沖縄より本土の方で活躍中です。
沖縄でのソロライブはほとんど行いませんが、
さんしん、バイオリン、ギターの音色にのせて
素敵な癒しの歌声が聞けるそうです。
9月21日に(火)
ライブハウス MOD’S/北谷町美浜
098-936-5708
このCDに入っているどの歌も良かったけれど、
沖縄の歌「てぃんさぐの花」が心に深く浸透していくようで
母の事を思い出しました。
同時に娘の事を考えました。
私は、母が私をいつも考えてくれたように
娘に接してきただろうか?
愛情深く、慈しみ心の深いところで
包んできただろうか?
ウムイウタは聴いていて、自分自身の癒しにもなりますが、
周りにも「愛情一本」配れそうです。

誇りある造りの現場
2010年09月03日
沖縄県内には47の酒造所があるが、
酒造所の朝は早く夜遅くまで続く厳しい仕事ながら、
どの蔵の職人たちも、この歴史と伝統ある泡盛造りに誇りをもって働いている。
泡盛に欠かせない黒麹菌(くろこうじきん)は毎日の気温や湿度にも、微妙に変化し、
季節ごとの仕事も少しずつ変わるため、
職人は感性を研ぎ澄ましながら、麹造りや仕込みと向きあい、
自然に逆らわずに、愚直に仕事を続けることが要求される。
わが社代表の崎山も、高校卒業後、
全国の酒蔵の子弟が学ぶ東京農業大学で醸造学を専攻した。
卒業後も一旦着沖後、東京北区王子にあった醸造試験場で学んだ。
(現在は広島県西条市に移転)
沖縄へ戻り、意気揚々と泡盛造りの現場に入ったものの、
毎日が熟練したコウジサー(杜氏)に教わるばかりの日々だったと回顧する。
その時の挫折感こそが泡盛造りへの冷静な目を養い、戻るべき基本になっていると話す。
それは、ひたすら、実践と現場を見る力、感じる力を優先しながら
現場とのコミュニケーションを大事にしていることに表れている。
それがチームワークを大切にする崎山酒造廠のより良き社風につながっていると思う。
琉球の先人たちから受け継がれた伝統の造りにこだわりながらも、
若い職人たちとの現場は「探求心」に燃え、造りを進化させ続けている。
それは、とりもなおさず、代表の「失敗してもいいからやってみようよ」と話す
おおらかさと、柔軟に対応できる若い職人たちの現場が活気であふれているからである。
働く職人たちの一生懸命で丁寧な仕事が、旨(うま)い泡盛「松藤」を生み出している。
琉球泡盛は約600年の歴史の中で、先人たちが常に「造りの現場」で創意工夫を凝らし、
日本最古で独自の蒸留酒文化を育(はぐく)んできた。
それは絶え間ない好奇心の中で実践の数々が形あるものになり、
誇りをもって愚直に継承されてきたからにほかならない。
ワイン業界を牽引される梅田悦男氏が来られる。
2010年09月02日
ワインに関する著書を多数著しておられる
レコール・デュ・ヴァンの創立者で、

ワインの世界を知り尽くしておられる氏の工場見学に

台風の風に乗って来られるなんて、
飛行機の燃料を減量化しながら・・・
まるでエコ活動を推進していらっしゃるようです。
泡盛松藤特製ソーミンチャンプルー
2010年09月01日
教えちゃいます。

たったこれだけ。
『こーれーぐーす』の登場。
大さじ一杯をツナ缶に入れ、良く混ぜておきます。




こーれーぐーす入りツナ缶をよく絡ませれば完成。
ナムプラーをひと振りすれば、沖縄料理とは一味違った

創業者は女性 オトおばあさん
2010年08月18日
崎山酒造廠(しゅぞうしょう)の創業者は女性で明治12年生まれの比嘉オトである。
オトは23歳で崎山家へ嫁ぎ、3人の子をもうけ、病弱であった夫を助けながら、
実家の家業であった、造り酒屋を始めたのである。
(実家は現在の㈱比嘉酒造まさひろである)
オトは、当時としては珍しい自立した考え方と明るさを兼ね備えた、
面倒見の良いしっかり者であったという。
オトは56歳でこの世を去るまで、蔵で麹に触れていたという、逸話が残されている。
オトの泡盛に対する深い情熱と伝統の造りは今も脈々と受け継がれている。
2代目起松は母の後を継ぎ、藤子と結婚した。
起松は明治の男にありがちな、頑固一徹な男であったが、
夫婦二人の思いを込めて二人の名を冠した「松藤(まつふじ)」という商標を残している。
女性の地位の低かった昭和初期に夫婦の名前を一文字ずつ入れて
商標名にしたのは珍しく、誇らしい。
「松藤」を大切に守り、育てていきたいと思っている。
私は47歳で公務員をやめて泡盛のことも、
会社の経営のこともわからない一からの出発でした。
当時は社員にも随分迷惑をかけたと思う。
ただ義母光子はおおらかな女性で、その支えと教えがあったからこそ、今に至っている。
那覇市首里、金武町伊芸と場所を超えて、時を超えて造られ続けた「泡盛、松藤」。
明治38年、創業者崎山オトによって、誕生した崎山酒造廠は、今年105年目を迎える。
激動の20世紀を乗り切り、陰となり日向になり、
支え続けた女性たちの粒粒辛苦の結晶でもある。
飲んで頂いているお客様への感謝を忘れず、オトが生涯をかけて造り続けた泡盛への思いと
苦労を忘れることなく、しっかり受け継いでいきたいと思っている。

手づくりまかない
2010年08月18日
いわゆる沖縄のオバーならぬ「カメーカメー」の押し付けに近いが、社員は楽しみにしてくれている。
昨年来の経済悪化に伴い、一般消費力が随分落ち込み会社もちょっと暇になった。
足元の収益環境の悪化ばかりをつぶやいていてもしょうがないので、
会社の為になること。私が社員にすぐ出来ることは何か考えたら、「まかない」と「掃除」になった。
まかない食のメニューは、実家や燐近所からの野菜などのもらい物など、前日の気分で決まる。
経費も会社のルールではないので、私の懐銭から捻出。
掃除は午前か午後の一時間を勝手にあてて、掃除箇所も自分の気分でやる。基本的に拭き掃除。
酒造所は黒麹のために黒い胞子があちこち付着しているので掃除場所には困らない。
最近では、製造のメンバーの手入れの合間に一緒に行っているので、手が届かない場所もかなりきれいになった。
今のところ、小さなことだけど自分に課した二つの課題なのでしっかり頑張っていこうと心に決めている。
この不況はきっと人間の力ではどうすることも出来ない。






















